その他
股関節形成不全
股関節形成不全とは
股関節形成不全は、犬の遺伝性疾患の中でも一般的な疾患です。
股関節は、骨盤側の寛骨臼と、それにはまり込む球状の大腿骨頭からなっています。遺伝的に股関節に緩みが生じると、骨同士がぶつかって軟骨がすり減ったり、変形が起こり(変形性関節疾患:DJD)、痛みを感じるようになります。
好発犬種としてはセントバーナード、ニューファンドランド、バーニーズマウンテンドッグ、ラブラドールレトリバー、ゴールデンレトリバー、フラットコーテッドレトリバー、ジャーマンシェパード、オールドイングリッシュシープドッグ、グレートピレニーズ、イングリッシュスプリンガースパニエルなどが知られています。大型犬のなかでも、体型がまるくずんぐりした、脂肪の多い犬種に多く発症する傾向があります。これらの犬種では、筋肉の発達が悪く、腱と靭帯の間に脂肪が入り込むことと関係しています。
正常の股関節
原因
選択繁殖によって発症を減らせることなどから、遺伝性の疾患であることは分かっていますが、現在はまだ原因遺伝子の特定はできていません。また、遺伝のみでなく、成長期の環境によって症状が悪化することが知られており、発症に至るまでに遺伝要素が7割、環境要素が3割と言われています。ある研究によれば、一歳までに好きなだけ食べさせた犬と、食餌の量を制限した犬では、股関節形成不全の発生率にはっきりとした差がでています。成長期の肥満のほか、偏った食餌や、過剰なカルシウム(ドッグフードにカルシウムを足すなど。多くのドッグフードには必要量以上のカルシウムが含まれています)などの栄養要因も症状を悪化させる一因になります。
症状
・痛み
運動をしたがらない、階段をのぼれない、ジャンプや早足を嫌がる、びっこをひく(歩き始めに目立つのが特徴)
・異常歩行
がに股、円を描くような動き、うさぎ跳び(両側の痛みがある場合)
・大腿部の筋肉の萎縮
股関節が出っ張り、腿の筋肉が発達しないため、後ろから見たお尻のシルエットが箱型から逆三角形に見える
股関節の痛みは、成長期(生後5~6ヵ月位)に突然現れることがあります。この痛みは寛骨臼縁の微細骨折が原因といわれており、通常1歳前に痛みはいったん治まります。しかし股関節の形成不全が治ったわけではなく、関節内では徐々に変形が進行しているので、加齢とともに変形・炎症が進めば再び痛みがでることになります。
股関節形成不全の症状が出ていても、飼い主の約半数は気付かないと言われています。股関節形成不全の疑いがあったら獣医師の診察を受け、必要ならレントゲンを撮ってもらいましょう。ただし、少なくとも生後4ヶ月を過ぎないと診断をすることはできず、確実な診断ができるのは生後7~8ヶ月以降になります。
診断
股関節の検査には、レントゲン検査が必須です。症状や、触診、視診によって分かることもありますが、それだけでは分からない場合が多々あります。股関節形成不全を疑う場合は、動物病院でレントゲン検査を受けてください。
股関節のレントゲンの評価には、豊富な知識と経験が必要です。そのため、より正確な評価を得たい場合は専門医による評価が有用となります。現在、代表的なレントゲン診断・登録機関としては次の3つがあり、所定の手続きを経てレントゲン写真を送付すれば、専門医の診断評価を得ることができます。
①JAHD Network(日本動物遺伝病ネットワーク:日本)
②OFA(Orthopedic Foundation for Animals:アメリカ)
③PennHIP(Pennsylvania Hip Improvement Program:アメリカ)
JAHDおよびOFAに評価を依頼する場合は、股関節の伸展像(仰向け)レントゲン1枚が必要です。これらの機関に評価を依頼すると、各機関に血統書番号が登録され、JAHDの場合はポイント評価(左右各0~45、計0~90)、OFAでは7段階評価(excellent, fair, good, borderline, mild, moderate, severe)が得られます。OFAは筋肉を弛緩させるため麻酔下での撮影を勧めていますが、当院では麻酔をかけることはほとんどありません。ただし、完全に左右対称の写真が必要となるため、どうしても動いてしまう場合は麻酔が必要になることがあります。あらかじめお電話でご相談下さい。PennHIPは前記2つとは異なり、麻酔下での股関節の緩み、及び変性性関節疾患の有無をみる検査です。ペンヒップを希望される場合は、必ず事前に予約をしてください。
股関節形成不全の症例
(左側:亞脱臼、骨棘形成、寛骨臼が浅い。
右側:股関節の緩み)
治療
股関節形成不全があっても、軽症の場合や痛みがない場合には、体重や運動量を制限して負担を軽くし、サプリメントなどを取り入れることである程度進行を抑えることができます。しかし、関節炎がひどく痛みがある場合や関節の変形が重度の場合は、手術が必要になります。
股関節の骨関節炎による症状を抑えるための手術としては、大腿骨頭切除術と股関節全置換術があります。
大腿骨頭切除術は、名前のとおり大腿骨の骨頭を切り落とし、関節をなくしてしまう手術です。関節がなくなった後には線維性の「偽関節」ができ、支えになります。骨同士が擦れ合うことがなくなるため、炎症や痛みも効果的にとり除くことができます。ただし、偽関節の強度には限界があるため、主として20kg以下の犬猫に用いられます。
股関節全置換術は、股関節を形成する大腿骨頭および寛骨臼を除去し、人工関節に置き換える手術です。股関節全置換術にはセメントを用いるセメント方式と、セメントを用いないセメントレス方式がありますが、当院では、チューリヒ大学で開発されたチューリヒ・セメントレス方式の股関節全置換術を行っています。2000年よりチューリヒ大学のモンタボン教授を招き、同教授参加のもと、いくつかの動物病院と連携して、現在までに80症例の手術を実施してきました。チューリヒ・セメントレス方式は日本およびアメリカ、ヨーロッパにおいて、従来の手術法と比較して安定した成績を収めています。
骨関節炎のある股関節においては、股関節全置換術がもっとも効果的に痛みを取り除くことができ、95%の犬が正常な関節機能を獲得し、80%は片足のみの手術で良好な肢の機能を得られるとされています(セメント法でのデータ)。
人工関節は大腿骨ステム、ヘッド、および寛骨臼カップからなります。始めに大腿骨頭を切り落とし、大腿骨にステムを埋め込み、螺子(ネジ)で固定します。寛骨臼も専用の器具をもちいて掘り広げ、カップをはめ込み、適切なサイズのヘッド&ネックを装着します。これによって正常な股関節とほぼ同程度の機能をもつ人工関節ができます。実際の股関節では大腿骨頭と寛骨臼の間に靭帯がありますが、人工関節では靭帯が存在しないため、術後は通常2ヵ月間の安静が必要となります。
なお、当院では現在股関節全置換術の施術を見合わせています。詳しくは診察時にお問い合わせください。